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一昨日も行ってきましたよ!

2008-11-28 (Fri) 09:12[ 編集 ]
26日もア・ラ・カルトを観に行ってきましたよ。

前回と違う席だったので、また違う角度から見ることができて、おもしろかったです(円形劇場という形なので、見え方が席によって違うのです。)。今回の席は左を向けば、中西さんのヴァイオリンを弾く姿がちょうど見えて、手の動きに見入ったりもしていました。

あともう一回行くんですけど、それはちょうど1ヵ月後の12月26日です。



話は変わって、インドのムンバイで起きた事件のこと。ニュースでムンバイという場所は、かつてはボンベイと呼ばれていた、というのを聞いたんだけど、ボンベイと聞くとクイーンのファン、フレディー・マーキュリーのファンの私は少し馴染みがある。

インドのボンベイのあたりには、パールシーという、その昔ペルシアの方からインドに移ってきたゾロアスター教の人々が今もいる。フレディー・マーキュリーは、当時イギリス領だったアフリカのザンジバルでパールシーの家庭に生まれ、ゾロアスター教徒である。ザンジバルからインドに移ってボンベイ近くの寄宿学校で過ごしていた時期がある。なので、耳に馴染みがある。他にも、指揮者のズービン・メータもパールシーである。

ゾロアスター教についてや、ゾロアスター教徒がインドに移ってきた理由、パールシーとイギリスとの関係とかは、図書館に行けば何かしら本があるだろうから、フレディー・マーキュリーを好きになって間もない人とかは読んでみると面白いかもしれない(面倒くさければウィキペディアだ、笑)。なんで、ここでイギリスが出てきたかというと、イギリスはインドの中で微妙な立場であるパールシーの人たちにイギリスの仕事をさせて、インドの支配に役立てていたことがあるからだ。

インドの社会ではパールシーのフレディーはマイノリティーになるし、パールシーの中でも帰国子女というなんとなく微妙なところにいて、インドで独立運動が盛んになり、イギリスに移ってからも伝統的な階級社会の中でも、白人じゃないフレディーはマイノリティーになる。

だから、フレディー・マーキュリーの人生や背景は、まさに世界史なのだ。

「ボヘミアン・ラプソディー」が何故ボヘミアンなのかも、それらのことを知るとなんとなく分かったような気がする。しかも、自分がゲイかもしれないということで、厳格なゾロアスター教の教義とかと矛盾や乖離が出てくる。「ボヘミアン・ラプソディー」の歌詞を改めて読むと、そんなゾロアスター教徒としての微妙さや葛藤みたいなものを感じるのは私だけだろうか。勝手な推測だけど「ボヘミアン・ラプソディー」を聞くとそういうことを思う。

で、何故インドのムンバイからパールシー、フレディーと話が移ってきたのかというと、11月24日がフレディー・マーキュリーの命日だから。

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