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年末
2008-12-30 (Tue) 10:55[ 編集 ]
なんとなく書く気が起きなかったからずっと放置を続けていたけれど、いつ再開しようかなって思っていたまま更に放置し続け、気づけば更新しないことを気に留めるようなこともなくなり、、、(笑)で、ついに書くきっかけができたのです。気づけば年末だし。
去る12月26日金曜日に、舞台「ア・ラ・カルト」を観に行ってきた。この日で、東京は最後。11月に2回行き、これで3回目(笑)1ヶ月空いたことで、程よく新鮮な気分でもって観ることができた。でも、何回観ても楽しめると思う。来年も行くと思う。
それと、ROLLYさんの生歌&生ギターも見納めしてきました(笑)
ちなみに、私は直毛。きれいな直毛。恐ろしいくらいに直毛。しかも、地毛でやや茶色い。そして、家族もまっすぐ(笑)観た人なら分かるはず!
冬のチョコ
2008-11-29 (Sat) 18:22[ 編集 ]
最近、色々なところで名前を聞いた影響で食べたくなったので、買ってきましたバッカスチョコレート♪ラミーの方も一緒に♪♪
お酒入ってるし、どんな味かと思ったら、とてもおいしかった。ほんの少し気分も良くなった気がする(笑)
このチョコレートは暑い時期だと、チョコが溶けて中のお酒が出てしまうかもしれないという理由で冬にしか発売されない。たしか、そんな理由だったと思う。
そして、パッケージには「お酒が入ってますので、運転時などはご遠慮ください」と書いてある(笑)
一昨日も行ってきましたよ!
2008-11-28 (Fri) 09:12[ 編集 ]
26日もア・ラ・カルトを観に行ってきましたよ。前回と違う席だったので、また違う角度から見ることができて、おもしろかったです(円形劇場という形なので、見え方が席によって違うのです。)。今回の席は左を向けば、中西さんのヴァイオリンを弾く姿がちょうど見えて、手の動きに見入ったりもしていました。
あともう一回行くんですけど、それはちょうど1ヵ月後の12月26日です。
話は変わって、インドのムンバイで起きた事件のこと。ニュースでムンバイという場所は、かつてはボンベイと呼ばれていた、というのを聞いたんだけど、ボンベイと聞くとクイーンのファン、フレディー・マーキュリーのファンの私は少し馴染みがある。
インドのボンベイのあたりには、パールシーという、その昔ペルシアの方からインドに移ってきたゾロアスター教の人々が今もいる。フレディー・マーキュリーは、当時イギリス領だったアフリカのザンジバルでパールシーの家庭に生まれ、ゾロアスター教徒である。ザンジバルからインドに移ってボンベイ近くの寄宿学校で過ごしていた時期がある。なので、耳に馴染みがある。他にも、指揮者のズービン・メータもパールシーである。
ゾロアスター教についてや、ゾロアスター教徒がインドに移ってきた理由、パールシーとイギリスとの関係とかは、図書館に行けば何かしら本があるだろうから、フレディー・マーキュリーを好きになって間もない人とかは読んでみると面白いかもしれない(面倒くさければウィキペディアだ、笑)。なんで、ここでイギリスが出てきたかというと、イギリスはインドの中で微妙な立場であるパールシーの人たちにイギリスの仕事をさせて、インドの支配に役立てていたことがあるからだ。
インドの社会ではパールシーのフレディーはマイノリティーになるし、パールシーの中でも帰国子女というなんとなく微妙なところにいて、インドで独立運動が盛んになり、イギリスに移ってからも伝統的な階級社会の中でも、白人じゃないフレディーはマイノリティーになる。
だから、フレディー・マーキュリーの人生や背景は、まさに世界史なのだ。
「ボヘミアン・ラプソディー」が何故ボヘミアンなのかも、それらのことを知るとなんとなく分かったような気がする。しかも、自分がゲイかもしれないということで、厳格なゾロアスター教の教義とかと矛盾や乖離が出てくる。「ボヘミアン・ラプソディー」の歌詞を改めて読むと、そんなゾロアスター教徒としての微妙さや葛藤みたいなものを感じるのは私だけだろうか。勝手な推測だけど「ボヘミアン・ラプソディー」を聞くとそういうことを思う。
で、何故インドのムンバイからパールシー、フレディーと話が移ってきたのかというと、11月24日がフレディー・マーキュリーの命日だから。





